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​『秋水』

時期:2年前の秋。 視点:常葉→九条→常葉

目的の無い放浪の中、偶然耳にした話を頼りに駿河の府中(以下駿府)までやってこれば、流石は江戸に並ぶほど栄えた一国の中心地とだけあって活気に溢れていた。また、行き交う人々を眺めていれば刀や槍をはじめとし武器携えた者も多く、この賑わいには件の御前試合の影響も少なくないようだった。

 

「……さて、試合は丁度二日後と聞いていますけれど、一体どこで開かれるのでしょう。」

 

話しかけるに丁度良さそうな相手を探していれば、通り沿いの食事処の暖簾が目に留まり、一先ずは足休めがてら食事にしようかと足を向けた。

 暖簾の端を捲り店内を覗けば、昼時なこともあって満員御礼な様子には見えるが……、声を掛けてみようか。

「すみません、ひとり————「ひとり入れるか?」

 

思わぬ方向——間隣へと視線を向ければ、重なった声の主もこちらを見ていたようで自然と視線が重なる。 しかし、気まずさが流れる間も会釈も何も交わす間もなく、喧騒の中から張り上げられた店主の声が返って来て、二人の間に割って入ってきた。

『同じ卓でよけりゃ直ぐ案内できますけど!』

 

「あら、」

「おっと……、」

 

互いに店主の方へと顔を向けて、その後、再びお互いへ視線を向けて。

 

「ワタクシは構いませんけれど。」

「それじゃあご相伴にあずかろうかな。」

 

青碧色をした剣士風の男はそう言って、からりとした笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

互いに頼んだ料理を待つ最中、男の視線がこちらの刀に向いていることに気が付いた。女性が刀を所持していること自体とても珍しいことだろうし、気になってしまうことも頷けはするのだが。

「こちらに何か?」

「——ああ、すまない。不躾だったね。いや、キミのような娘さんとその刀があまり繋がらなくて、気になってしまったんだ。」

眉を下げて笑った男は、それでも好奇心を抑えられないといった様子で言葉を続けた。

 

「それで、その刀は……キミが扱うのかい?」

「ええ、その通りです。」

(ワタクシのあれが“刀を扱っている”と言えるのかはさておきですけれど。)

「うんうん、やっぱりそうか!どうりで出で立ちが様になっていると思ったわけだ。しかし、この時期に駿府へやって来たということは、キミも試合が目当てなのかな。」

此方の返事を聞くや否、やや前のめりになった男は熱の入った声でそう言って。

「ええ、その為にここへ来たのですが……、仔細を知らずやって来たものですから、会場はどこになるのでしょう?」

「ああ、会場は駿府城の南広場らしい。ついさっき見に行ってきたが、試合に出るのだろう剣士が何人か居てさ。今回は観に来ただけのつもりだったんだが、思わず僕も申し込んでしまってね。あ、それに今回の試合は褒美が凄いだのなんだのって————」

 

独りでに盛り上がった男がまくし立てるように話し出した丁度その時、「あい、お待ちどう様!」と、料理が卓に並べられ。

 

「おっと……。はは……、すまない。食事にしようか。」

 

自分が一人で熱くなっていたことを自覚したのか、男は口を閉じれば気まずそうに眉を下げ、箸に手を伸ばしたのだった。

 

            

 

「初めまして、九条殿。本来であればお客人としてもてなすところ、力をお借りすることになりなんとお詫び申し上げればよいか……。」

「いえ、そこはお気になさらずに。私としでも、こうして交友の場がいただけて嬉しい限りですから。」

長旅を経て駿河へとやって来た九条は共にやって来た近衛の当主と別れた後、羽を休める間もなく試合の会場となる駿河城へと通されれば、駿河城主の家臣より催しの詳細を聞くことになったのだった。

 

「————と、以上が御前試合の仔細になります。」

「承知しました。……それにしても、他所の御前試合と比べるとここは一段と賑わっているようですね。」

「ええ、城主様が此度の”褒美”を触回るよう仰られましてね。その甲斐もあって、沢山人々がおいでになっているようです。」

「褒美ですか……、一体何をお贈りに?」

「ひとつに、駿河城指南役として召抱えられる機会を与えられること。そして、もう一つに、彼の霊刀——布都御魂剣(ふつみのたまのつるぎ)を賜ることとなっています。」

「布都御魂剣……?」

駿河城の家臣より述べられた形式ばった説明の最後、伝えられたその名を聞いた九条は思わず眉を顰めたのだった。

「あれは大和の石上神宮に封じられていると聞いておりますが……何故、ここにあるのでしょう。」

布都御魂剣————それは神話に語られる霊剣であり、雷神・剣の神とされる建御雷神が振るったとされるもの。そして、その名は“断ち切るもの”を意味しており、名の通りあらゆるものを断ち切る霊力が宿っているとされている。

後の歴史では初代天皇の守護剣として大和の平定へ大きく貢献したとされる一振りでもあり、そもそも剣そのものが一柱の神と同義であるとも言われ————。

役目を終えた現在は、石上神宮の禁足地に厳重な守りを敷いたうえで埋められているとされていたものであった。

 

「それについては自分も聞き齧った話しか知らず、説明が難しいのですが……。噂によると、昨今、霊やあやかし……人ならざるものらの力が増しているとのことで、それに対抗すべく今代の石上神宮宮司が剣をご神体として奉納するために掘り起こしたようでしてね。その際に、複製が二本作られたとのことです。その内の一振りが手に入ったものだから、今回の試合に花を添えるためにも褒美にしたと……。」

「なるほど…………、それは……、また大層なものをご用意されたのですね。」

山城にほど近い大和でそのようなことが行われていたことも驚きだが、複製とは言え霊刀の一振りを人の手に渡そうというのも驚きで、思わず言葉を失ってしまったのも致し方あるまい。

「ええ……、事実、過ぎたものだと言う声もなくありませんが、城主様のお考えですから。」

 

“お互い上には困らされますね”と、そう言いたげにも見える家臣の男は立ち上がり言葉を続けた。

 

「折角です、会場を視察がてら刀もご覧になられますか?」

「……そうですね、是非。」

            

「悪かったね娘さん、話に付き合ってくれてありがとう。」

「いいえ、ワタクシも楽しかったですから。」

食事を終えれば、卓を共にした男とも店先で別れることになる。

「御前試合を観に行くなら気を付けて。ああいった場所にはよからぬ輩も集まるものだから。……いや、そもそも、女子に血生臭い催しは勧めるものじゃないね。」

「ふふ、それは今更のことでしょう。」

「……確かにそれもそうか。」

空笑いをしてから「じゃあ」と足を踏み出した男を見て、常葉は別れの前にふと気になっていたことを口にした。

 

「最後にひとつ、聞いてもよろしいでしょうか。」

「うん?僕に応えられることであれば。」

足を止めた男はこちらを向き直って、人好きのする笑顔を浮かべて見せて。

「先程から気になっていたのですが……。アナタとワタクシ、どこかでお会いしたことがありますでしょうか。」

「……ん?いや、僕の記憶が正しければ初対面だと思うけど。あれ、違っていたら申し訳ないね。」

秋晴れの空のようにさっぱりとした表情の男はさも申し訳なさそうな声色をしているのだけど、彼女の胸中にあるのは微かな違和感だった。

すん、と鼻を鳴らした常葉は片手を頬に添え、ゆったりとした笑みを返して言葉を続けるだろう。

「ええ、そうですよね。……けれど、ワタクシ、アナタの匂いに覚えがありまして。」

真昼間の町中は喧騒の中で忙しない日常が繰り広げられていて、傍らの些細な会話を気に留めている人なんて居ない。それでも、今この場だけは周囲が遠ざかったように静けさに満ちているような気がするものだから、人の感覚は不思議なものだ。

例えば————、獣の亡骸?……いいえ、道すがらに狩った、あの“化け物たち”でしょうか。」

 

そう言えば、目の前の男は少しばかり驚いたように瞳を瞬かせて、それから白い歯を見せて笑った。

「はは。娘さんは鼻がいいね。でも……、気を付けて。その嗅覚に導かれて行く先は、ひょっとするとあの世かもしれないよ。」

そう言った男は今度こそ「それじゃあ」と片手を振って、宿場町の方へと去っていった。

 

その場に残された常葉はうっすらと瞳を開け、遠ざかる背を見つめる。あの剣士から本能的に感じた気配は例えるならば死臭じみているようなものだったが、それを、ああも綺麗に人の形へ整えてしまえるところが悍ましい。

「祭りごとに乗じるのは、人ばかりではないということ……?」

一息吐けば騒々しい周囲の音が戻ってきて、男の気配もさっぱりと消えてしまっていた。

(……ところで、御前試合って人間以外も出られるものなのかしら?)

どうしたものかと思案しながらも、街中でいきなり人のなりをしたものへ切りかかる訳にもいかず。それに、道中切り伏せてきた理性のないあれ<人ならざるもの>らとは違っているようでもあって。

とりあえずは試合会場を眺めに行ってみようかと足を進めたのだった。

[小噺]

1956年から連載されていたモキュメンタリー時代小説『駿河城御前試合(著:南条範夫)』。物語は寛永六年の駿河を舞台とし、真剣を用いた十一組の御前試合が描かれている。その中では参加したうちの八組に勝敗があり、三組が相打ち。総勢二十二名の参加者の内十四名が死亡した結果となったようだ。

今回の『秋水』に登場する御前試合はこれをモチーフとしている。(今回その仔細は描写されないが。)

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