

朧ゝ夜行 -長夜綴り-
『香車』
時期:3年前の春 視点:--
いよいよしびれを切らし、再び大きな金切声を上げた女。それを合図に、葉室は声を張った。
「尊様!」
その声とともに、化け物らと二人を隔てていた結界は霧散した。
――刹那。
瞬きの間に、葉室は女の拘束を抜け出したかと思えば、半壊している棚の上に降り立っていた。
そして流れるような動作で懐から何かを取り出し、それを女の方へ一直線に投げ放った。
部屋を照らす僅かな光をきらりと反射したそれ――手裏剣が女の元へ届く前に、自由になった葉室は軽い動きでその場から跳ねる。
跳ねたかと思えば、一拍の間をも置かずにその姿は女の眼前へと移動する。
そして、投げ放った手裏剣が女の脳天を貫くと同時に、葉室は振りかぶった刀で女の身を縦一文字に切り裂いた。
『――――!!!!』
耳障りな音を響かせ叫喚する女には目もくれず、葉室は刀を振りぬいた腕を再び構え、軸足を後ろに引きながら再び声を張る。
「尊様、伏せてください!」
女の方に向かっていった筈の葉室はそう言いながら、引いた方の足で床を蹴り苦しみに悶える女に追撃を――。
行ったのかと思えば、次の間には九条の隣。正しくは、先ほどの印を描いた棚の上に降り立ち、女に向けていた筈の切っ先をもう一匹の化け物の額に突き刺し、貫いていた。

そして百足に刺さった刀を草鞋の底で踏みつけさらに深く突き刺したかと思えば、次の間には新たな刀を手にしている葉室。
この間、三度も瞬きをしなかった九条は、眼前の状況を理解しきれないでいた。
『おのれ、人間ごときが――』
美しい顔を醜く歪め、その蛇に似た下肢で激しく床を打ち、のたうち回る女。
最早なりふり構う様子のない化け物は、最後の足掻きとでも言うように部屋の品々をなぎ倒しながら二人の方へ猛進する。
「……しぶとい奴め」
横目に女を見据えながらそう言った葉室は天上に向かって再び手裏剣を投げたかと思えば、自身の位置を上空へと飛ばし、重力に従って落ちる流れの中で、大百足の胴体を真っ二つに叩き切った。
二つに切り分けられた百足が塵となって消えゆく中、葉室は自身の方へ向かってくる女へと刀の刃先を向け、構える。
「悪く思うなよ」
怒り狂った化け物の動作など、葉室にとっては読み切るに容易い。
大ぶりな攻撃をゆうに躱した葉室は最後に女の後方へ飛び、その背を深く切り付けたのだった。
『――――』
悲鳴のような叫びをあげ床に伏した女は、百足と同じように、風に吹かれた塵のように消えていった。
その場に残されたのは、未だことを理解しきれない顔で化け物が散っていった空を見つめる九条と、刀を鞘に納める葉室。
二人だけだった。