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​『曙』

時期:3年前の春。 視点:九条

うっすらと空が白み始め、冷たい朝の空気が頬を撫ぜる。

あの後、無事に遺骨を見つけた自分達はこれまた無事に神籬の結界を越えて麓へと降りて来ていた。

「しかし……、生食の会いたい人というのは一体どなたになるのか……。それに、御存命なのかも分かりませんが、……そういったこともあなた様には”視えて”いるのですか?」

イクルミサマへそう問いかければ、彼は軽く頷いて見せた。

「ああ、これ……、拾った時に視えたから。主人、生きてるみたいだ」

そう言って、骨と一緒に見つけた馬鈴を掲げて見せた。

「……それはよかった。では、御主人の方へ案内をお願いしても?」

そう言えば、頷いた彼は馬鈴を握り少しの間を置いた。きっと、視ているのだろう。そして暫くすると迷いなく歩き始めるものだから、危うい幼さとは相反して頼もしい限りだとその背を追った。

            *

 

「あ!九条さん!――と、どちらさん?って、まさか……」

村に降りれば昨日山道まで送ってくれた青年が居た。彼はぱっと表情を明るくして駆け寄ってくるも、隣に立つイクルミサマを見れば途端に怪訝な顔をして。……しかし、当の本人は気にした様子もなく周囲を見回していた。

そうしているうちに人だかりができて、集まって来た人の中には傍らの彼を見て「あ!お兄ちゃん!久しぶりだね!」とからころと笑ってみせる少女に、「いつ来るんだろうって、団子用意して待ってたんだよ!もう食っちまったけど!」と白い歯を見せて笑った少年も居た。

「……おや、イクルミサマは存外知り合いが多いようで」

「たまに、降りてきてたから――あ、」

そう話していれば、イクルミサマが一点を見つめて動きを止めた。

​「あの人、生食の……」

​彼の見つめる方へ視線を向ければ――なんの偶然だろうか、宴会の際に蔵へ案内をしてくれた老婆が居たのだ。彼は遺骨を覆った風呂敷と馬鈴を手にして迷いなく老婆へ歩み寄れば、手にしていたものを差し出した。

 

「帰すよ。あんたに会いたいって、そう言ってた」

「これは——、…………ああ、ああ……、そんな。池月(いけづき)……」

うっすらと涙ぐみながらそれらを受け取った老婆の姿を見れば、きっとあの馬は彼女にとっても大切な存存だったのだと感じ、彼女らの再会にはこちらも温かな気持ちになると言うもの。

しかし、片やイクルミサマと言えば、成すべきことを成しただけだからと淡泊な様子で、驕ることは無ければ、得意気なさまでも無かった。

「それじゃあ——」

​そう言い踵を返した彼に静止の言葉投げたのは自分が先だったか、老婆が先だったか——。

その後、山へ戻ろうとしていた彼を引き留めれば、そのまま老婆やイクルミサマと縁があったもの達とで食事を共にすることになったのだった。

やや豪勢な朝餉の席では、かつての老婆と件の馬<生食もとい池月>の話や、イクルミサマに団子を振る舞ったという少年の話。実は時折彼の髪結いをしていたという少女の話などが披露されたのだった。

「……恥ずかしい話なのですけどね、この老婆もその昔に駆け落ちをしようとしたことがありまして。その時の想い人が贈って下さった馬が池月なのです。葦毛の美しい子でね、その池月に乗ってあの山を越えた先で待っていると、そう契って……。……けれど、山越えの最中賊に襲われて、池月をあの山に残した私は一人逃げおおせたのです。それ以来、ずっとあの子のことが気がかりで……、」

それで、何でも視ることができるイクルミサマを探していたのだと、老婆はそう語った。

「こうしてあの子にもう一度会えたことが、私にとっての至高の喜びです。本当にありがとうございました」

​深々と頭を下げた老婆に、(表情が隠れていて読み取れはしないが)何と返せばよいのか分からないのか、固まったままでいる彼が居たのだった。

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