
朧ゝ夜行 -長夜綴り-
『曙』
時期:3年前の春。 視点:イクルミサマ → 九条
生食を通じて視た道を追ってみれば、遡っていった終着点の風景へとたどり着いた。
「……ここ。ここに埋まってる」
一見すると何もない地べた。落ち葉に覆われた湿った土。それ以上のなにものでもない場所だが、自分にはこの下に生食が眠っているのが視えていた。
『流石だね、僕たちだけでは絶対見つけられなかったよ』
そう言ったのは……いつだったか、凄く昔からこの山に住んでるって言う子ども。名前は知らない。
人間ではなく霊と言われる存在だと言っていたが、自分にはさして違いが分からないから不思議なものだ。
「本当に、あなた様には視えていらっしゃるのですね」
不思議そうな、でも、どこか嬉しそうな顔をしている人は自分を迎えに来たとか言っていた……確か、くじょうみこと、と言うらしい。
「ああ、……そんなに深くはないと思う」
「分かりました。……とは言え、素手で掘り返すのは時間を要するでしょうから――」そう言って懐から紙を取り出したその人は、何かを呟けば手にしていた紙を宙に放った。
「さて、式神たちよ。いいように使って悪いですが、手伝ってくださいね」
瞬く間に人の形を成したそれは、みことに従ってせっせと穴掘りをする。
「……あんたも、不思議な力を使うんだな」
「これは妖力——あなた様にも巡っている力を応用したもので、形代……この紙さえあれば容易なものですよ。あなたにも、十分に資質はあるように思えます。」
そう言って、柔く笑みを浮かべた彼もまた土掘りを手伝い始めたから、自分もそれに倣って両手を使ってみることにしたのだった————。
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うっすらと空が白み始め、冷たい朝の空気が頬を撫ぜる。
あの後、無事に遺骨を見つけた自分達はこれまた無事に神籬の結界を越えて麓へと降りて来ていた。
「しかし……、生食の会いたい人というのは一体どなたになるのか……。それに、御存命なのかも分かりませんが、……そういったこともあなた様には”視えて”いるのですか?」
イクルミサマへそう問いかければ、彼は軽く頷いて見せた。
「ああ、これ……、拾った時に視えたから。主人、生きてるみたいだ」
そう言って、骨と一緒に見つけた馬鈴を掲げて見せた。
「……それはよかった。では、御主人の方へ案内をお願いしても?」
そう言えば、頷いた彼は馬鈴を握り少しの間を置いた。きっと、視ているのだろう。そして暫くすると迷いなく歩き始めるものだから、危うい幼さとは相反して頼もしい限りだとその背を追った。
*
「あ!九条さん!――と、どちらさん?って、まさか……」
村に降りれば昨日山道まで送ってくれた青年が居た。彼はぱっと表情を明るくして駆け寄ってくるも、隣に立つイクルミサマを見れば途端に怪訝な顔をして。……しかし、当の本人は気にした様子もなく周囲を見回していた。
そうしているうちに人だかりができて、集まって来た人の中には傍らの彼を見て「あ!お兄ちゃん!久しぶりだね!」とからころと笑ってみせる少女に、「いつ来るんだろうって、団子用意して待ってたんだよ!もう食っちまったけど!」と白い歯を見せて笑った少年も居た。
「……おや、イクルミサマは存外知り合いが多いようで」
「たまに、降りてきてたから――あ、」
そう話していれば、イクルミサマが一点を見つめて動きを止めた。
「あの人、生食の……」
彼の見つめる方へ視線を向ければ――なんの偶然だろうか、宴会の際に蔵へ案内をしてくれた老婆が居たのだ。彼は遺骨を覆った風呂敷と馬鈴を手にして迷いなく老婆へ歩み寄れば、手にしていたものを差し出した。
「帰すよ。あんたに会いたいって、そう言ってた」
「これは——、…………ああ、ああ……、そんな。池月(いけづき)……」
うっすらと涙ぐみながらそれらを受け取った老婆の姿を見れば、きっとあの馬は彼女にとっても大切な存存だったのだと感じ、彼女らの再会にはこちらも温かな気持ちになると言うもの。
しかし、片やイクルミサマと言えば、成すべきことを成しただけだからと淡泊な様子で、驕ることは無ければ、得意気なさまでも無かった。
「それじゃあ——」
そう言い踵を返した彼に静止の言葉投げたのは自分が先だったか、老婆が先だったか——。
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その後、山へ戻ろうとしていた彼を引き留めれば、そのまま老婆やイクルミサマと縁があったもの達とで食事を共にすることになったのだった。
やや豪勢な朝餉の席では、かつての老婆と件の馬<生食もとい池月>の話や、イクルミサマに団子を振る舞ったという少年の話。実は時折彼の髪結いをしていたという少女の話などが披露されたのだった。
「……恥ずかしい話なのですけどね、この老婆もその昔に駆け落ちをしようとしたことがありまして。その時の想い人が贈って下さった馬が池月なのです。葦毛の美しい子でね、その池月に乗ってあの山を越えた先で待っていると、そう契って……。……けれど、山越えの最中賊に襲われて、池月をあの山に残した私は一人逃げおおせたのです。それ以来、ずっとあの子のことが気がかりで……、」
それで、何でも視ることができるイクルミサマを探していたのだと、老婆はそう語った。
「こうしてあの子にもう一度会えたことが、私にとっての至高の喜びです。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた老婆に、(表情が隠れていて読み取れはしないが)何と返せばよいのか分からないのか、固まったままでいる彼が居たのだった。
そうして食事が済み、改めて彼に本題を話すべくその姿を探すも、招かれていた屋敷の中には居らず。
村の中を探してみれば、丁度祠のあった山の方へと繋がる道すがら、一本の枝垂れ桜の下にその姿が見えた。
「……山の中へ戻ってしまったかと思いましたよ」
駆け寄ってみれば、彼はぼうっと上を見つめていて。
「その桜に何かありますか?」
「……いや、」
矢張り面布のせいで読み取り難い彼の心情には苦笑が零れ。
逃げるように、いや……、上手い言葉を探すように(もしくは彼を言いくるめるような言葉を探していたのかもしれないが。)自分も桜の枝を見つめた。
(固く結ばれた花芽が付いているだけでなんの彩りもないそれが、彼にとっては魅力的に写るのだろうか。)
「……改めてお伝えしたいのですが。私はあなた様……、いえ、かなめさん。あなたを山城に連れ帰る為にここへ来たのです。この地の外は、あなたにとって生きやすい世ではないかもしれません。外の世界であなたに無理を強いることもあるかもしれません。それでも……、どうか、共に来てはくれませんか」
さらりと風が吹いて、垂れ下がった枝が揺れる。
彼は沈黙のままそれを眺めていたのだが、暫くしてようやく口を開いた。
「……この桜、俺が神様だった頃からここにあって。でも、一度も花が咲かないって、縁起が悪いとか、色々言われてたんだ。でも――、今日は、ほら。咲いた」
春風に吹かれてはためく面布が煩わしかったのか、徐にそれを外した彼はそう言った。

そんな動作に驚く間もなく——今度は固く結ばれていた芽がほつれ、柔らかそうな花弁がのぞいた。それが不思議なことに、ひとつふたつではなく、まさに満開とでも言うように。
「――――、これもあなたの力ですか?」
美しいその情景に息を呑み、思わず彼を見る。
「いいや。……あんたがあったかいから。……冬みてーな色してんのに、不思議なもんだな」
揺れる面布から覗く横顔が”本当にそう”であるかのように真剣なものだから、意表をつかれたように瞳を丸くしてしまって。
「私にそんな力は——……」
そう否定をしかけて、けれど、目の前の情景の美しさに否定をする方が野暮な気もする。
「いえ……、そういう廻りということにしておきましょうか」
”冬の色”と言われたことは初めてで、その詩的で擽ったいような表現には誤魔化すように苦笑を浮かべ。それで、あなたの答えは?と促すように視線を向ければ、彼は言葉を続けた。
「……渡り鳥と一緒だ、北上してもいい。……とは思うが、山城の都なんてそんな格式高そうな場所に、本当にこんなやつを連れて行きたいのか?」
「……勿論。あなたが快く来て下さるなら私は個人的に嬉しく思いますし――……。尤も、これは勅令ですから、例え嫌がられてもあなたを連れて行かざるを得ないのですが……」
卑怯な言い方をしてすみませんと頭を下げれば、彼はからりと笑って見せたのだ。
「……ははっ、強制、それも嫌いじゃない。裏がないほうが俺も楽だ。何重にも罠張るような奴をごまんと見てきたからな。単純明快って言うんだろ、こういうの」
これまでの様子からはあまり想像できなかった彼の快活な様子に瞳を瞬かせるが、恐らくは彼の本質に近い側面がこの姿なのだろう。そう思えばこちらも口元が綻んで。
「そう言っていただけると、こちらとしてはとても有難い限りです。それでは——」
勅令の文と、神薙としての身分を示す証である印籠を取り出して、彼へと向き直る。
「恐れ多くも主上に代わり、あなたに告げます。かなめさん、神薙として主上の為、そしてこの世をより良いものとする為、その身、その力を預けなさい。そして、その名誉の為に生きると…………、…………、いえ、私が言うには些か傲慢がすぎますね。……兎も角、私達にはあなたの力が必要です。どうか、仲間として共に来てください」
途中までは真剣な顔を作っていたが、余りのしまらなさには堪え切れず苦笑してしまったのだった。
「……ああ、あんたについて行くよ」
『ねえ、生食。人は何かの始まりを曙(あけぼの)と言ったりもするが、まさしく今日はそんな日であると思わないかな』
村の人々に見送られ去って行く背を、遠くから見つめる少年の姿もまた、春麗らかでほのぼのとした様子であったことだろう。
『曙』-後編 終
【曙/あけぼの】ほのぼのと夜が明けはじめるころ。新しく事態が展開しようとするその時。