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​『科戸』

時期:2年前の冬。 視点:九条→八重→九条

「……。」

深夜————。

少女の両親に言われたように、村民が寝静まった頃合いを見計らって部屋を抜け出す。当然灯の類は無かったものだからどうなるかと案じていたが、幸いにも雪雲は晴れていて、夜空に浮かんだ月が辛うじて足元を照らしていた。また、積もった白雪が反射鏡のようになっているのか思っていたより明るい。

(北西に小屋が……と言っていたな。)

 

月の位置から方角を図れば足を進めた。

 

 

「……ここでしょうか。」

村のはずれに来てみれば、聞かされた通り一軒の小屋が建っていた。酷く簡素な造りで、例えば農具を置く倉や物置程度のものだろうか。人が安楽に住める空間ではなさそうだった。

「……。」

入り口扉に施錠はされておらず、また特別な仕掛けなどもなさそうでそのまま手を掛け横に引くも、引き戸は途中で突っかかり動かない。両手で何度か力を込めるも、扉が外れてしまっているのか、その場でガタガタと音を鳴らすだけで。大げさなことをして目立ちたくもないのだが……。

ふう、と一息を吐いて再び力を込めたその時————

 

びゅう、と強い風が隙間を抜ける音がしたなら、木組みの小屋が大きく軋んで。

 

「————!」

 

掴んでいた扉が風圧に負けたように思い切り外れたかと思えばこちらに向かって吹き飛んできた。反射的に交差した腕で顔を守りはしたが、結界の生成は間に合わずに前腕を思い切り打たれれば、じんじんと痺れたそこをさすりながら前方——小屋の中へ瞳を向け。

そうしている間にも、恐らく小屋の中にあっただろう瓦落多が吹き飛んできて、これでは容易に近づけもしない。

 

本能的に数歩後ろに退いたなら、まるで闇との境界線がそこにあるかのように真っ暗な入口を見据えると、ざり——、ざり、と。足を擦るようにして辛うじて歩いているような、そんな足音が聞こえた。足音がこちらに近付く程に風は強くなり、ついぞ、その者の姿形が確認できようかといったその時、

「……ッ、」

疾風が吹き抜け、小屋の壁に亀裂が入る。遅れて肩口が熱を持つ感覚がして、指先で触れたそこには生温かなものが染みていたものだから、なるほど“かまいたち“とは言い得て妙であると身をもって認識する。それでも視線を逸らさずに目を凝らせば、長い髪を靡かせた少女の姿がゆっくりと歩み出てきたのだった。

「あなたが————。」

 

            *

『……え、八重、起きなさい。今日は桜と糸引きをするんでしょう?』

誰かに揺り起こされる感覚がする。

ゆっくりと瞼を上げれば、穏やかな笑顔を浮かべた母が穏やかな声で語り掛けていて。部屋の外から、跳ねるような軽い足音が聞こえてきたかと思えば、視界に桃色が差した。

『お姉ちゃん、とっくに朝だよ~。』

桜が悪戯っぽく笑っていて、わたしはそれに————……。

 

みんなで囲炉裏を囲んでご飯を食べて、蚕のお世話をして、畑仕事もして。そう——、少し前には弟が生まれたんだ。丸い頬がもちもちしてて、小さな手が可愛らしくて、桜と一緒に『わたし達で守ってあげようね。』なんて約束したんだっけ。

 

みんなはどこ……?

 

白昼夢から醒めるかのように暖かくて優しい景色が掻き消えて、薄暗い夜の景色が視界に映った。どくどくと胸が煩く鳴っていて、すごく寒かった筈なのに頭が熱い。息苦しいここを出たくて天井を見れば、何故だか蓋が外れていた。

 

許してもらえたのかもしれない。外に出ていいって、言われたのかもしれない。そうだ、みんなが待ってくれているんだ。家に帰ろう……!

 

部屋に差し込む微かな明かりの方へ手を伸ばせば、そんな自分の意思に答えるように旋風が吹いて身体が押し上がった。久しぶりに吸い込んだ外の空気は思っていたより冷たくて数度咳き込めば、重たい身体を引き摺るようにして歩いて。

 

(おかあさん、おとうさん、桜……。みんな、みんな……、)

 

月の薄明りが照らす中、瞳を細めて周囲を見れば————

 

「え……?」

 

家族が迎えに来てくれたのだと思っていたのに、そこに居たのは見知らぬ男の人ひとり。他には誰もいないことを理解すれば、一気に身体の芯が冷えていくことを感じた。その男は警戒するように半身を引いてこちらを見ていて、まるでこちらのことを“化け物”だと思っているみたいに思えて。

——どうしてみんな、八重のことをそんな風に見るの?

——どうしてみんな、八重の話を聞いてくれないの?

 

「みんなは、どこ……?八重の、家族に……、会わせてよ……。」

 

ぐつぐつと、自分の内側で何かが煮詰まっていく気配を感じる。

            

薄汚れた衣服に痩せた身体が痛々しい少女が、ふらふらとした足取りでこちらへ歩いてくる。荒れた長髪から覗いた瞳は沼のように淀んだ気を孕んでいて、その焦点の定まらない瞳がゆっくりとこちらを向いた。

 

「……、……。」

乾いた唇がうすく開いて少女は小さく何かを話しているようだったが、先程から吹き抜ける風の音に紛れて何を言っているのか聞き取れない。

それに、酷く不安定な様子が見て取れるこの少女が先程の突風の主であるのなら、下手に刺激をしたくもないが————。

 

「私は九条尊と申します。……少し、あなたとお話しをさせていただきたと思い————」

 

こちらの言葉を聞いた少女は、思い切り敵意を露わにして目つきを鋭くした。

 

「くじょう……、……だれ?話って……、なに、今更。」

こちらの名前を繰り返した少女の声がどんどんと冷えて、恨めしさが込められたような色へと変わる。苦しそうに着物の胸元を両手で握りしめながら俯いた彼女は、何かを堪えるように背を小さく丸めながらも言葉を続けた。

 

「今更……ッ!!話を聞いてくれなかったのはあんた達でしょ!やえは、八重は何も、わるいことしてないのに……っ!!」

「————っ、」

刹那、彼女の慟哭があたりに響いて、それと同時に無数の烈風が彼女を中心に四方へと走る。視認できる風——恐らく彼女の力だろうそれが通り過ぎた後の地面は抉れ、木々は無残に切り倒されていて。彼女自身それに驚いているのだろうか、怯えるように瞳を揺らしながら後ずさる。

 

「八重さん……っ、」

 

宥めようにも幼い彼女に何を言うべきが分からず、そもそも風圧で近づくことも難しい。そうしていれば少し離れた場所にあった民家からぽつぽつと灯が出てきて、ますます状況が悪化したことを悟った。

 

(万一にでも村人が巻き込まれるようなことがあれば、いよいよ彼女は————。)

 

彼女の思いの丈を受け止めてやりたい気持ちもあるがそうも言ってられない現状に、一体どうすべきかと思わず眉を顰めたのだった。

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