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​『科戸』

時期:2年前の冬。 視点:九条→八重→九条

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翌朝。

未だ目覚めぬままの八重を背負い、村の入り口までやって来たなら家族に挨拶をする。見送りに来た妹の桜は何も言わずに口を一文字にしていて——。……昨晩、自分達が話をしている間中ずっと、廊下にはもう一人の気配があった。きっと彼女は話を盗み聞いていたのだろう、それを証明するように下瞼には隈が浮かんでいたのだった。

集まった家族の中で最初に口を開いたのは母親で、彼女はおずおずと小さな風呂敷を差し出したのだった。

「九条さん、これを……。町へ下りるまでの食糧と、あと……。あの子が一番気に入っていた着物が一枚……、私が繕ったものなんです。……あ、あと、それと、こちらに好きだったおかずの作り方を書いていまして、」

「……やめなさい、御迷惑だろう。」

父がそう諫めると、涙声の母は俯いた。

「……いえ、大丈夫ですよ。お預かりします。」

ぱっと顔を上げた母の瞳には零れんばかりの涙が浮かんでいて、先程諫めた父親だって口には出さないが何かを堪えるように眉を寄せていたのだ。一体どこの誰が断ることができようか。

「では、そろそろ。」

そう言って、最後に妹を見た。

黙り込んでいた彼女は言葉を探すように何度か口を開いたり閉じたりとして、とうとうぽろぽろと涙を流しながらこちらに駆け寄り眠る少女の片手を強く握れば、語るようにして口を開いた。

「……いつか、いつか帰って来てね。わたし、お姉ちゃんのこと……っ、ずっと、待ってるから……。」

それだけ言って、名残惜しそうに手を離した彼女は母親の元へ駆ければその胸元に縋るように抱き着いたのだった。

 

「八重さんのことは、どうか安心してお任せください。」

この先の未来で彼女を危険と隣り合わせる身が何をのたまっているのかと思いもするが、別れ際の家族に贈る言葉は穏やかなものであるべきだろう。

彼らはずっとこちらに手を振っていて、そんなあたたかくも切ない別れに見送られながら村を後にしたのだった。

            

ゆっくりと意識が覚醒する。

清潔で柔らかい布団に身体が包まれていて、あの地下のように寒くもない。家に帰って来たのかと思ったのだが、周囲に広がるのは見覚えのない風景だった。想像のつかない状況に何度が瞬きをすれば、ふと、ある異変に気が付いた。

先程から視界の端……いや、中央に何かがちらちらと見えていて鬱陶しい。

「……?」

丁度額の位置に乗せられているようなそれ——触れればさらりとした手触りで、例えば紙切れのような質感だ。顔に重なっていて邪魔くさいそれ掴み、除けようと引っ張るも————

「えっ、とれない……、な、なにこれ!」

奇妙なそれを今度は両手で引っ張ってみるも、びくともしないどころか破れもしない。

自分は一体どうなっているのだろうか、そんな不安に苛まれ、暫く布団の上で格闘することになったのだった。

 

            

 

村を下り一番近い町までやって来れば、家の伝手を使って”理解のある”宿を探し、部屋を用意してもらったのだが。

「……?」

ふと、八重を寝かしていた部屋の方から物音がしていることに気が付いた。やっと彼女が目を醒ましたのかと思えば安堵を覚えつつも一先ず騒々しいそちらへ向かったのだが……。

「入りますよ——」

一体どんな反応をされようかと案じながらも扉を開けば、布団の上で派手に転がっていた彼女の瞳がこちらを向いて固まっていた。

 

「……、元気そうでよかった。」

「あ、あんた……!な、なにこれ!!これ、あんたがやったの!?」

 

声を上げてこちらを見上げる彼女の額には、これみよがしにお札が貼りつけられていたのだった————。(ええ、貼りつけたのは私ですが。)

 

「…………あの、一旦説明をさせてください。」

流石にもっと目立たない場所にすべきであったと後悔はしているが、あの状況で一番目に付いたのが“そこ”だったのだ。申し訳なさから乾いた笑いが零れもするが、目の前の彼女は憤りを露わに毛を逆立てる獣の様相であった。

 

 

「……ということで、山城へ戻りきちんと印を施すまでそれは剥がせないのです。……ここまでの話は理解していただけましたか?」

「わ、わかった……。たぶん……。」

それからと言うもの、自己紹介から始まり少女の状態に対する所見や今後についてを噛み砕いて説明した。視界にかかるそれが気になるのだろう、片手でちょっかいを掛けながら聞いている彼女はさながら猫のようにも見えて、内心で微笑ましく思いながらも話を続けた。

「それなら良かった。」

「あんたについて行ったら、八重……、いつか、ちゃんと力を使えるようになるかな。」

「……ええ、そうなれるよう共に頑張りましょう。少なくとも、力の一部を抑えることで以前のように暴走をしてしまうことはなくなるでしょうし、その点は安心してくださいね。」

 

そう言えば、少女は何かを考えるように暫く黙って、それから大きく頷いて見せるだろう。

「……分かった。八重、山城に行く!」

先日の出会いを思えばもっと警戒をされるかと思っていたのだが、想像していたよりも人懐こい性格のようで助かったと肩を下ろして彼女を見つめる。

「そう言っていただけて良かった。ただ……、その身体で長旅は難しいでしょうからここへ迎えを呼びます。暫くは待つことになるでしょうが……、その間は沢山ご飯を食べて、沢山寝て、まずは健康になりましょうね。」

「うん!」

にっこりと笑ってみせた少女にあの小難しい書状を渡すのはもうしばらく先でもいいか————。そんなことを思いながら、木組みの格子窓から覗く冬晴れの空を見つめたのだった。

​​『科戸』-後編 終

【科戸/しなと】風の起こる所。特に、いっさいの罪やけがれを吹き払う風の意に用いられる。”科戸の風”は台風を意味することもある。

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