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​『秋水』

時期:2年前の秋。 視点:--

————翌朝。

 

昨夜の襲撃により駿府城本丸——特に御前試合会場であった南広場は散々な有様で。予定をしていた試合は中止、無期限の延期となってしまったのだった。また、留置されていた布都御魂剣も奪取されてしまったのだが、留置していた場所を事前に人払いしており、被害がごく少数の負傷者のみで済んだのは不幸中の幸いと言えようか。

 

「それにしても、あの刀を手に入れるためにやって来たのだとすれば、その目的とは一体……。常葉さん、あなたは何か聞き及んでいますか?」
「いえ、使用用途については……、何も言っておりませんでした。しかし、あの鬼は”お使い”と仰っていましたから、頼んだ者が別にいるのでしょう。

すっかり傷も癒え(癒したのだが)た常葉は困った様子でそう言えば、溜息を溢して。

「そうですか……。彼は”羅刹”と名乗っていたのでしたよね。あれらは特に脚力に優れ、夜中に力を発揮する人食い鬼とされていますから、あなたが生きていて本当に良かった。」
「あら……、道理で、瞳で追うのもやっとだった訳ですね。」
「人としては十分だと思いますが……。」

彼女も十分常人の範疇を超えている力を持っているようで驚きはするが、何より不可解なことはあれら<人ならざるもの>が組織じみた動きをしていたという事実だ。御霊すらも断ち切れる可能性を秘めた布都御魂剣を奪い、一体に何に使おうと言うのだろうか。


考えねばならないことが山のようにあって、最早何から手を付ければよいのかすらも考えたくないが、そんなことは言っていられない状況なようで。
軽く息を吐いたなら、常葉の方を向き直った。

「常葉さん。改めて、此度はお力添えをいただきありがとうございました。そして、軽率にあなたの命を危険に隣置いたこと、お詫びさせてください。」
そう言って、彼女に頭を下げた。こうなることは大方分かっていたのだが、これでも年若い女性に武器を取らせ、戦地に置いたことを心苦しくは感じているのだ。

「いえ、ワタクシにとっても良き出会い、そして経験となりましたから。お顔を上げてくださいませ。」
「……快い言葉、感謝します。」

そう言って顔を上げた九条はこれまたばつが悪そうな面持ちのまま、言葉を続けたのだった。

「……実は、もう一つ、あなたにお伝えしたいことがあるのです。」
「あら、なんでしょうか。」

常葉が先を促せば、九条は懐から一通の書状を取り出してそれをこちらに差し向けた。

「こちらは主上より賜りし、あなたへ宛てた書状になります。」
「そのような御方から……、何故……。」
主上の単語を聞けば、受け取ったそれの重みが一気に増したような気がして疑問を投げかける。

「……昨夜、あなたが握る大鎌を目にしました。あれは、あなたの持つ特別な力が為すことなのでしょう。」
「ええ……、数年前から、ワタクシの手にする刃物の類は全てああいった形状に代わってしまうのです。」


素直にそう言えば、九条は頷いて。


「端的に言いますと、主上の名の下に、私はあなたのように“力”を有した人を集っているのです。」
そう言って九条は書状を開くようにと促して、そのまま目を通せば事の全てを理解する。こちらが一通りを読み終わり視線を上げたと同時に、彼は言葉を続けた。

「……どうか、この日ノ本に太平が訪れるまで。あなたの力をお借りしたいのです。」
何卒、と再び頭を下げる九条の頭頂部を眺めつつ、口元に手を添えて考える。

(といいますか、こちらに選択権があるような内容にも思えませんでしたが……。)

それを分かった上で、この方はこちらに頭を下げているのだろう。そう思えばこのやりとり自体がいじらしいことに感じられて、常葉は思わずくすりと笑みを零すだろう。

「ふふ、もとより宛てのない根無し草でしたから。喜んでお受けいたしましょう。」

宛てのないこの旅に止まり木を求めていた訳ではないのだけど、自分を求め、必要とする場所があるのなら、そこへ身を寄せるのも悪くない。それに、書状に記載されていた“神薙”となればこの腕を磨く機会も、彼の鬼と再び刃を交える機会だって訪れるのだろう。

二つ返事で頷いたなら、新たな門出にこの身を捧げることとしよう————。

 

 

​・

————しかし、何故だろう。

自分は確かに、他者が容易に干渉できないようにあの霊刀へ結界を張っていたつもりだった。それも、急ぎあつらえたにしては強力なものを用意していた筈なのだが。

徐に自身の掌を見つめ、一人思案する。

人ならざるものとは、人に知られ語られるほどに力を増す存在だ。あれらは自身に向けられた感情の清濁全てを成長の糧とし強大になってゆく。そして、思いに蓋ができぬように、口に戸は立てられぬように、あれらの成長を止めることは難しい。

単に力で押し負けているのであれば自体は深刻なのだが、その真相すらも分からぬのがなおの事こちらの焦燥を煽るのだ。

​​

「……まったく、どうしようもないですね。」

滾々と考えたところで頭が茹るだけで、片手で額を抑えれば一息零した。

私は太平の為、人の世の為に、必要なことをするまでなのだから。

​​

​​『秋水』-後編 終

【秋水/しゅうすい】秋のころの澄みきった水。秋の水。また、曇りのない、よく研ぎ澄ました刀の意味もある。

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