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​『曙』

時期:3年前の春。 視点:九条

​飛び出すようにして洞穴から出て振り返れば入口が崩れ落ちており、すんでのところで危機を逃れたことを実感すれば背筋が冷えた。

「危なかったですね……、イクルミサマ、大丈夫ですか」

「…………、ああ」

腕を離して彼の方を見やれば、相変わらずどういった感情でいるのか分からない出で立ちではあったものの無事な様子で安堵する。洞穴が崩れたことには少なからず彼も驚いているようで、先程の地鳴りの原因は彼ではないようだ。

「それにしても、今のは一体……」

少なからず自分よりも彼の方がこの土地に詳しい筈。何らかを知っているのではと視線で問いかければ、彼は口を開いた。​

「――鈴、……それに、馬だ」

そういった彼は山のさらに奥を見つめていて。

​「馬……?……確かに、言われてみれば先程の音は馬鈴のようでしたが……」

しかし、あの洞穴に馬は見受けられなかったし周囲にもその姿は無い。

現状からは結びつかない単語を不思議に思い、彼が見つめる方へと視線を向ける。

 

​すると——、ずしんと、再び地鳴りのような感覚。

いや、これは――――

​​戞戞と響く激しい足音と、しゃらしゃらと鳴る馬鈴を携え飛び出て来たそれは――、

 

馬の頭に鬼をも思わせる角、蜘蛛に似た六本足。まさに異質としか言いようのない形状をしている妖だった。

「馬……には見えませんが――!?」

​「今は……、随分怒ってる。名は生食(いけずき)、だったか」

​「そんな、知人を紹介するかのように言われても……っ!」

​​『曙』-中編 終

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