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​『曙』

時期:3年前の春。 視点:九条

彼の背を追い暫く進んで辿り着いたのは、深く茂る木々に隠されるようにして存在していた洞穴だった。

「ここは……、」

荒れきった入口を慣れた様子で通り過ぎていく彼にそう尋ねるも、「ここが入り口」と端的に答えるだけで。

こうして着いて来たことを咎められていないものだから、つまりは先ほどの続きを中で聞いてくれるという事だろうか。……それとも単に、自由闊達なお方故にこちらの存在を気に留めていないだけなのだろうか。

 

そんな風に頭を悩ませつつも、目的をなんら達成していないまま帰る訳にも行かず。

そのまま彼の後に続いて歩みを進めれば、ようやく開けた場所に出た。

土の香りが充満したその空間は、おおよそ人が生活を送る場所とは思えず簡素な造りをしていた。例えるならば蔵のような空間だろうか。

​また、壁面をぐるりと一周回るように視線を滑らせていればどこかへと続くのだろう階段も見当たったが、結局は土の洞の中だ。あの階段先に整った居住空間があるとも思えなかった。

「あなた様は此処で生活をされているのですか?」

​「ああ、」

「……、では、普段は何を?」

神様の祠と聞いて思い描いていたものよりもよっぽど質素……の度が過ぎている彼の生活空間に、一周回って不審な気持ちにもなってきて。

「なにって?」

「なにをなさっているのかと思いまして」

「ああ……、別に、何も」

「……すみません、出過ぎた話でしたね」

彼の端的な言葉がこちらへの拒絶の意なのかそれとも会話が不得手なのか、はたまた別の何かゆえなのかも分からず、苦笑を浮かべもするだろう。

「それで、よろしければ本題に入っても……?」

「ああ」

「ありがとうございます。それでは改めまして、私は京の都から参りました、九条尊と申します。あなた様——イクルミサマに主上より賜りし勅令をお伝えしたく、ここまで馳せ参じた次第です」

このまま話を続けさせていただいても?と視線を向けるが、彼の覆われた顔から読み取れるものは当然無いに等しくて、ただ言葉での返しを待つことしかできない。

「しゅじょう、ちょくれい、」

「ええ、我が主君より——、…………」

熱量を持ってして言葉を続けようとしたが、そこではたと口を閉ざした。……何やら、こちらの言いたいことが上手く伝わっていない気がするのだ。それに、ここまでの会話のぎこちなさもある。

そう思い至れば、言葉を易しく言い換えてみることにした。

「ええと、……伝え聞いている話が真であれば、あなたはきっと、特別な力をお持ちでしょう。我が主君が、その力を人助けの為に是非お借りしたいと。そして、山城の都にお招きしたいと――……」

「山城……」

​「ええ。ここからは遠い場所になりますが生活の保障はいたします。報酬も、生活に困らない程度に差し上げることをお約束しましょう。ですから――」

そこまで言いかけた、刹那。

 

——リンリン、カラカラ、

言葉を遮るように鈴の音がした。

「……鈴?」

この場に似つかわしくないその音色は洞穴内を反響するように響き、やがて遠くに消えてゆく。

「イクルミサマ、今の音は――」

「……、」

 

次いで、ずしんと地響きが鳴り空間が揺れた。

「――っ!?」

「……!」

ぱらぱらと天井から砂の粒が落ち、洞穴の壁には亀裂が走った。

「――話は後にっ、一先ずここを出ましょう!」

咄嗟に彼の腕を掴み、入って来た洞穴の方へと駆けだした。

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