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幕間

時期:半年前の秋。 視点:--

月日が流れるのは瞬く間であり、朧月邸の庭に植えられている桜の花が散ったかと思えば深緑の葉に変わり————、その葉に橙色が混ざり始めた頃だろうか。

眼前の空間だけ切り取ってしまえば穏やかな世界が映るが、人ならざるものによる被害報告や原因がはっきりとしない呪いの報告は相次いでおり、時には天災の報告も耳に入って来る始末。

(ここが情報の集まる場所だからという理由もあるのでしょうが……。)

いよいよあの夜提示された『刻限』が迫っているのか、世の荒みを肌に感じる日々であった。

 

そんな中、神薙の面々は朧月邸の一室である座敷に集まっていたのだった。

 

「本日皆さんに集まって頂いたのは他でもありません。」

全員が揃ったことを確認すれば、九条が口を開いた。

「江戸幕府より、今一度東下するようにとの令がありまして。」

「東下……?」

言葉を反復しながら首を傾げた八重に、隣に腰を下ろしていた玖香が「江戸に向かうことじゃの。」と言葉を添えて。

「名目上は“神薙の活動を称え将軍より感状を賜る”と……。その為、此度は我々全員で向かうようにとの話です。」

「ん……、俺たちも行くのか?」

今度は壬生が首を傾げて、次いで葉室が「おん、そういうことじゃ。」と言葉を挟んだ。

「皆さんの頑張りもあって、最近では我々の“力”を頼った相談事も多く入っています。そのような状況下で揃ってここを空けるのは如何なものかと思いますが……。しかし、我々はあくまでも幕府の力添えあってこそ成り立つ組織ですから、要求に応えない訳にもいきません。」

ため息交じりにそう語った九条は、皆の反応を見るように視線を巡らせた。

「感状……、単にそれだけの為に呼ばれるとは到底思えん。まさか——、ここに来てやれ武家だ公家だと、そんな話を持ち出すわけではないだろうな。」

声に苛立ちを滲ませた葉室が眉を寄せ、気難しそうな顔をして。

「御所内にある朧月邸。加えて、尊も万羽も公家の人間じゃからのう。神薙自体が公家に属する組織と見られても仕方がなかろうて。」

溜息を吐くように、玖香はそう言った。

「玖香さんの仰る通りです。我々に信頼を置く人々が増えている一方で、それを疎む人が居ることも事実。それに加えて、江戸に居る知人からもきな臭い動きがあると聞いています。……今回の東下ですが、単にお褒めの言葉が並べられた文を賜るだけとは思わない方がよいでしょう。」

「まあ……、お上の方々が思うことは複雑でむずかしいですね。」

九条の言葉には常葉が困った風な言葉を返すのだが、しかし、その声には不安の色など滲んではいないのだから、彼女の豪胆さにはいつだって驚かされるものだ。

「………ということで、急ですが出立は五日後を予定しておりますので、各々支度をするようにお願いします。」

そう言えば、皆一様に頷いて見せたのであった。

 

            

所変わって、下総のとある武家屋敷。

 

一人の小柄な人物が、なみなみと水が入った桶の重さに引っ張られるようにして、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。

「……はあっ、あと少し……っ、」

やっとの思いで庭の一角にある馬小屋へと足を踏み入れようとしたその時————不意に足先に何かが引っかかったような感覚がして、次の瞬間にはざりざりとした地面に頬を押し付けていたのだった。

 

「……っ、たた……。って、ああ……っ、」

 

地面に両手を突いて身を起せば、折角井戸からくみ上げて来た水が桶ごと地面にぶちまけられていた。がっくりと肩を落として水が染みた地面を眺めていれば、背後から足音が聞こえた。

「恵、アンタまた……、」

次いで呆れたような声が聞こえてきて、慌てたように立ち上がって直ぐに声の方へ向き直れば、同じくこの屋敷で雇われている奉公人の女性が溜息を溢しながらこちらを見下ろしていて。

「す、すみません!お見苦しいところを……。」

「あー、膝、擦りむいてるじゃない。服も汚れてるし……。」

立ち上がった恵の服を叩いてから「他に怪我はない?」と言った彼女は幾分か年上で、言うなれば姉御肌と言うか、母親みたいな立ち位置だ。

「すみません……、」

「まったく……、アタシは何も困らないけどね……。旦那様がアンタのこと呼んでいたから、直ぐに着替えて行ってきなさいな。」

恵は不甲斐なさに打ちひしがれてされるがままにしていたのだが、耳に入った言葉を理解すれば、思い切り顔を上げた。

「えっ、旦那様が!?急いで行ってきます!」

屋敷の主人からの呼び出しとあって、いよいよ”お暇”を貰うことになるのではないかと思えば、途端に血の気が引いて行く感覚がした。

 

「あっ、こら、落ち着いて行きなさ————」

その言葉は届いていないようで、恵はそのまま弾かれたように駆け出せば————

「あっ!」

「あ、」

ぬかるんだ地面を踏みしめた足が思い切り滑ったのだろう。

​すってんころりんと、ひっくり返っていたのだった。

幕間 終

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