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​『科戸』

時期:2年前の冬。 視点:九条

四度目ともなれば旅の作法にも慣れたものだと思っていたのだが、真冬の*中山道は想像よりも厳しいもので体力の消耗を実感するだろう。襟巻きを引き上げれば呼吸を落ち着ける為に息を吐いたのだが、肺を満たす冷たい空気には思わず眉を顰めたのだった。

 

(このような環境下で、果たして生きているのか……。)

浮かんでしまう嫌な想像を払うように笠を直せば、目的地まで続く最後の峠道に足を向けたのだった。

 

            

時は遡り————。

 

家族が迫害されている——詳しく言えば、閉じ込められているから助けてほしいといった内容の、差出人不明の文を受け取った日のことだ。宛名はなくとも壬生の力により“文が辿った過去”を視ることが叶えば、これが何処から来たのか、また、書かれている内容がどれほどに深刻なことなのかが知れるかと思ったのだが、結果は想定していた通りであった。

 

「……壬生さん、視えますか。」

「ああ、これの最初まで遡って視えたのは……、たぶん、小さい女の子だ。」

紙の端に触れながらそう言った壬生は自身が視た内容をどのように言葉で現すべきか迷っているのだろうか、普段よりもたどたどしくもそう言って。

「ふむ、拙い文体とは一致しますね。他には何か……。」

「どう、だろう。俺が居た場所の、あの村みたいな……。少なくとも、ここ<山城>みたいな場所じゃない。で——、」

もとより酷く簡素な内容の文であったが、その中にも言葉の誤りがあったり形の違っている文字がいくつか散見されたりとしていた。今の時代とて読み書きを学んでいる子どもは少ないものだが、これを書いた本人もそうなのだろう。

「それから……?」

再び探るように瞳を伏せた壬生は、暫くすると口を開いた。

「……何度か他の奴の手に渡って、最後にここに届いてる。」

「そうですか……。」

出所が分かる情報はなく、何故ここへ届いたのかも今一つ分からない。幼い少女が寄こしたものだと知ってしまったが故に尚更心苦しくはあって、どうしたものかと思案した内心が顔に出ていたのだろうか。壬生はやや申し訳なさそうに眉を寄せた。

「もう少し見てみるよ。」

そう言って力を行使しよう手を伸ばした壬生を遮るように、紙面の上へこちらの手を差し込んだ。

「……すみません、私の我が儘で、あなたに無理を強いていませんか。」

そう言えば、壬生は瞳を瞬かせてから苦笑を浮かべて頬を掻いた。

「あー……、いや、俺も少し気になるんだ。これ。」

「なるほど……?……ああ、いえ。私も不思議と捨て置けない気がしてはいるのですが——あなたもそう感じるなら、きっとこの勘は当たっていますね。」

個人的な話だが、仲間内の中でも一等妖力に富んでいると思われる彼の勘は結構信用しているのだ。(人間の第六感と妖力に結びつきがあるのかは不明だが。)

 

「では、申し訳ありませんがもう少し頼めますか。」

「ああ、視てみよう。」

ゆるく笑みを浮かべた彼は、再び手を翳したのだった。

 

 

それから———、何とかこの文を運んだ飛脚を探し、そこから道筋を辿り……、出所が越中にある小さな村であることまでが判明した。文を最初に受け取った者は偶然その村を経由して山城へやって来た商人だそうで、曰く「何日か世話になった村の子どもに必死の形相で頼み込まれたものだから思わず受け取ってしまった」だけ。事の仔細は知らないとのことだった。

 

偶然にも人の良い商人が受け取って、偶然に責任感の在る飛脚が運び、偶然にもここへ届いた。人ならざるものの介在がなければ、我々が関わるべき事案でもない。……そう片付けられないのは、去り際の商人が溢した、ある言葉だった。

 

『勘弁してくださいよ、旦那。自分だって本当は関わりたくなかったんですって……。なんでもあの村、人ならざるものを飼ってるって……。いや、風の噂だったんで俺も信じちゃいなかったんですけど、でも聞いたんですよぉ……。村にあった小屋の方から叫び声が————』

「この先を道なりにまっすぐ行くと村があります。」

「どうもありがとうございました。」

案内人として雇った行商に幾ばかの金を渡し軽く頭を下げれば、案内人は別れ際におずおずと口を開いた。

「……余計なお世話かもしれませんが。あの村って悪い場所じゃないみたいですけど、如何せん、邪険にはされないが歓迎もされないって仲間内でも知られてますんで。……ま、旦那もお気を付けください。」

「……なるほど、心づもりをしておきます。」

 

いつもながらに計画性のない旅で、今夜の宿さえも約束されていない。

(流石に、野宿となれば凍死しそうですね……。)

この先の展開を案じつつも、眼前の道を進むこととしよう————。

 

 

            

あの文の軌跡を辿り着いた場所は至って穏やかで小さな村だった。合掌造りの家屋がいくつか並び茅葺の上には白い雪を積もらせていて、一帯は色のない灰色の景色が広がっている。そんな周囲の様子に目を配りながらも道を歩いていれば、葉の落ちた特徴的な形をした低木が目に付いた。

 

「これは……、桑の木……。」

 

太い幹からは鞭のようなほっそりとした枝が空に向かって垂直に伸びており、それらは荒縄で一括りにまとめられていた。庭師から聞き齧ったことがある程度だが、桑の木は葉を落とした晩秋の頃合いになると、冬の風雪から枝を守る為こうして括る作業を行うそうだ。この景色から察するに、この村は養蚕を生業としているのだろう。

(……しかし、人が一人も出歩いていないとは。)

季節柄昼中でも外を出歩く人は少ないだろうと想像していたが、改めて周囲を見ても声を掛けられそうな人物は見当たらず、早速の手詰まり感に軽くため息を溢したなら民家の方へと足を進めたのだった。

            

家へ近付いてみれば屋根の隙間からは囲炉裏から出ているのだろう白煙が漏れ出ており、確かに人が住んでいることが窺えた。

 

「ごめんください。何方かいらっしゃいませんか。」

引き戸越しにそう声を掛けて数度扉を叩けば、暫くした後、ゆっくりと扉が開かれて。

「……どなたでしょう。」

その奥からは、隠そうともしない明け透けな警戒心と訝し気な視線が向けられた。

「突然申し訳ありません。……お恥ずかしながら旅の途中で食料が尽きてしまいまして、御迷惑を承知の上ですが、どうか助けていただけないでしょうか。……あっ、可能であれば一晩止めて頂けたり……、はは……、どうでしょう。」

「はあ……。」

「本当、すみません。ええと、謝礼でしたらこれくらいは……。」

「……少々お待ちくださいな。」

いかにも弱りきった旅人風にそう言いながら道中財布を取り出し応対をしてくれている妙齢の女性へ渡せば、彼女はそれを片手に家の奥へと戻って行った。

抜かりなく、ぴしゃりと扉を閉めて。

 

案内人が言っていた通りあまり歓迎的ではないのだなと思いながらも暫く軒先で待っていれば、今度は家長だろう男が出てきてこう言った。

 

「……どうぞ、あまりお構いできませんが。」

「ありがとうございます。いやあ、親切な方々と出会えて幸運でした。」

へらりとそう言ってみれば突き刺さるような視線が痛かったのだが——、気にする程でもあるまい。

 

案内されて居間へと上がれば、そこは至って普通の家庭そのものと言った様子で、火のくべられた囲炉裏を囲んで先程の女性と老夫婦が居た。老夫婦はこちらを一瞥すれば腰を上げてそそくさと部屋を出て行って、女性の方は目が合えば笑顔を浮かべるも、明らかに愛想笑いであろうぎこちなさが拭えない。ここまであからさまに迷惑を掛けていることを実感すれば、流石に心苦しくなりながらも荷を下ろして頭を下げた。

「ご無理を言ってすみませんでした。」

「いえ、お気になさらず。そう広い家でもないもので、ここ<居間>でしたら好きにくつろいで下さい。食料は町まで降りられる程度を明日の朝用意しましょう。」

「本当に有難い限りです。」

「……。」

最低限の会話しかしないつもりだろうか、取り付く島もない振る舞いには内心で苦笑を溢して。

(何日か掛けて調査を……と思ったが、これは本当に一晩で追い出されそうだ。)

 

それからと言うもの————。

手紙の書き主——幼い女の子——に会えたのなら話は早かったのだが、生憎とこの家にそれらしい影はなく。調査をしようにもどことなく挙動を監視されているような気配があって不用意な動きはできないもので、あっという間に日が傾く刻となってしまったのだった。

 

(寝静まった頃合いに抜け出すにしても、都と違って灯も無い状況で”探し物”が見つかるかどうか……。)

 

そろそろ適当に理由を付けて一度外に出てみるか——そう思い、家人を探すべく廊下を歩いていたその時だった。

『おい、なんだってこんな時に外の人間なんか……。』

『し、仕方ないだろう、真冬に外に出しておくわけにも————。』

『善人ぶるなよ、知ってるぞ。あの余所者から結構な額を受け取ってただろう、お前。』

『……!』

家の外にて何人かが口論をしているようで、その話題は恐らく自分のことのようだった。しかしながら、壁に耳あり障子に目ありとは言うが、なんという情報網だろうか。

(兎も角何らかの情報を得られるかもしれない……。)

そう思い、そのまま耳をそばだてる。

 

『……まあいい。明日には此処を出るんだろ?』

『ああ、だから大丈夫だ。“アイツ”の事だって知られないだろうよ。』

『ただでさえ化け物を飼ってるとか、人ならざるものに憑かれた村だとか言われてんだ……。これ以上この村の悪い評判を広められちゃあ商売に関わる。』

『ああ、分かってる。』

 

“アイツ”

“化け物”

漏れ聞こえてきた話は仄暗いもので、文に記されていた内容とも関連がありそうだった。また、今しがたの話からして件の人物は現在も生きているようで、それについては安堵しつつも一刻も早く現状を理解して解決を図らなくてはと固く誓う。

 

とあれば————

 

ガタン、

『……っ、誰だ!』

「あ、すみません。驚かせてしまいましたか……?」

わざと物音を鳴らして扉を開ければ、驚いたように見開かれた瞳が二人分こちらに向けられていたのだが。

 

「……お客人でしたか。」

「夕日と雪景色が綺麗でしたから、少し外を歩いてこようかと……。」

へらりと笑顔を浮かべれば、もの言いたげに顔を見合わせた二人は黙って頷いた。

「そうでしたか。最近は物騒ですから、日が沈む前にお戻り下さいね。」

「お気遣いいただきありがとうございます。」

この村に“何か”があることが確定事項になった今、向こうが何らかの行動を起こしてくれると言うなら近道になってよい。何事も起きぬならば、それはそれで気兼ねなく調べることができてよい。

「では後程。」

軽く会釈をして、あの家を後にした。

​​[ 用語 ]

*中山道:五街道のひとつであり、京都~江戸を繋いでいる。山越えや峠越えが多く険しい道のりだ。

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