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『海石榴』

時期:3年前の冬。 視点:九条

「いやあ、よい席であったな九条殿!」

「ええ、確かに。今日はあなたの誘いに乗って良かったです。」

そう言葉を返せば、夜風で上気した顔を冷やしていた男はご機嫌な様子でこちらの背を叩いた。

「なんだぁ、珍しいじゃないですか。食事か、酒ですか?それとも椿ちゃんがお気に召したんですかい。」

「……全て、とても良いものでした。」

そのまま上機嫌な様子で肩に手を回そうとする男の腕をいなし、大門の方へと足を進める。

 

(——さて、一体どうしたものか。)

“椿”と呼ばれていた彼女は間違いなく妖力を持ち得る人間——つまり、神薙となる資質のある者だ。しかし、それと同時に吉原の芸者でもある。複雑なしがらみのある土地に身を置き、そこでの仕事を生業としている以上、引き抜くとしても話は簡単ではないだろう。

……尤も、勅令の強制力を持ってすれば簡単な話でもあるのだが、この土地を特有のしきたりや秩序を不用意に乱したくはない。それに、置屋の看板を担うような存在をおいそれと連れ去るのもまた憚られ。

 

「どうにか彼女が望み、それを手引きするような構図が取れたなら……。おや、」

金銭の類はどうとでもなるのだからなんて考えていれば、先ほどまでは千鳥足ながらも隣を歩いていた男の姿が見えない。

(まったく……、)

この後の展開を想像すれば、息を吐きながらも道中を振り返り——、

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「程々にと、お伝えしたでしょう。」

 

霜柱の立つ道の傍らに転がっている酔っ払いを見れば、呆れたように瞳を細めたのだった。

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