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​『海石榴』

時期:3年前の冬。 視点:壬生

カラカラと鳴る下駄の音。

華やかな街に響くあれは——三味線の音、だろうか。

不思議な空気を漂わせる街を進めば、不意に景色が変わる。

ここは……どこかの食事処?

何かから零れ落ちる液体、それは摩訶不思議と形を変え、見物客は楽しそうにしている。楽しそうなのはいいことだ。

そして場面が変わり、はらりと落ちたのは紅色の花弁。そうだ、椿。

幾重にも重なり落ちたそれは鮮やかな色で地面を染め、まるで——……

はっと目を覚ませば、そこは自分に割り当てられた私室の布団の中だった。

「今のは、予知……?」

曖昧な景色が何を指しているのか分からなかったが、きっと何かを示唆する夢に違いない。そんな根拠のない予感に落ち着かない気持ちで居れば、再びはっとする。

(そうだ、今日は尊の出立の日だった。)

適当に身支度を済ませて部屋を出れば、玄関口の方から歩いてくる万羽と顔を合わせた。

 

「まったく、お前と言う奴は。尊様なら少し前に出られたぞ」

「そうなのか……」

「ああ。顔を洗ってこい。朝餉にする。」

「……分かった」

そう言って奥へと戻っていく万羽の背を見ながら、自分は反対に玄関口へと向かった。

 

ガラリ、

戸を開けば一等冷たい風が吹き込んできて、思わず瞳を細める。その先に続く庭道には、当然誰の姿も残ってはいないのだが。

「…………早起き、するんだったな」

『海石榴』-前編 終

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