
朧ゝ夜行 -長夜綴り-
幕間
時期:2年前の初秋。 視点:常葉
道すがらの木々が赤、黄、橙色に染まり、地面すらもを鮮やかに彩る季節。隙間から漏れ落ちる木漏れ日が眩しくて、瞳の上に片手で庇(ひさし)を作ったりもしたもので。
そうして暫く歩いていれば手ごろな茶屋を見つけ、一先ずはここで小休憩を取ることにした。女子にしては大きな身なりと仰々しい刀を見て茶屋の店主は目を丸くしていたのだが、これもまた日常のこと。彼女がわざわざ気に留めるような話ではないのだ。
「ふう……、穏やかなことは良きことですが……、少々退屈ですね。」
よいしょ、と。携えていた刀を下ろせば、足元を跳ねていた小鳥が慌てたように飛び立って。
「あらあら、ワタクシ、アナタを斬ったりはしませんのに。」
そう言えば、さも淑やかそうに口元を片手で覆ってみせたのだ。
*
父の亡き後、かねてより予定をしていた旅を始めたのはよいのだが、そろそろ路銀が底をつきかけている。旅のついでに商人の用心棒が務まればよいのだが、女子の身である自分を雇おうとする者もなかなか居ないもので、実入りが乏しいのが現状だった。
「一度、何処かに腰を据えるべきかしら。」
はあ、と、さして悲観的ではない単なる吐息程度のそれを溢して渋めの茶を啜れば、隣の客たちがなにやら話しているのが耳に入った。
『へえ、お前さん駿河の御前試合に出るんで?』
『ああ、折角の機会だしなあ。』
『だが、今回のは*上覧試合でしかも真剣を使うんだろ?いやあ、武芸者の心ってもんは、俺にはてんで理解できないねえ……。』
(御前試合?あらまあ、楽しそうなお話ですこと。)
好奇心のそそられる内容にこっそりと耳をそばだてていれば、語り合っていた男たちは熱の入った様子で話を続けた。
『ああいった御前試合はいつもは形式ばっていてなあ。やれ引き分けだのと勝敗を付けたがらないことが多いが……、どうやら今回は優勝者に対して褒美もあるって話だ。ってことはちゃんと勝ち負けがあるってことだろ?俄然やる気が出るってもんよ。』
『ほう……、名誉に加えて褒美もあるんじゃ、それを目当てに手練れが集まる可能性も高いなあ。ふむ、であれば、商人の俺は祭りに乗じて稼ぎにでも行くかねえ……。』
(……武芸者が集まる祭り、ですか。)
湯呑に残っていたお茶を飲み干し、急ぎ皿の上の団子を食べ終えば席を立った。目的地は決まった。駿河に行こう。試合に出ると言っていた客がまだここに居るということは、今から急ぎ迎えば間に合うのだろうし、またとない機会を逃すのはあまりにも惜しい。
「路銀は……、まあ、後で考えましょう。」
試合には出られないだろうが、各地からやって来た剣豪の技を拝む機会とはなるだろう。しかも、真剣を用いた本気の斬り合いが見られるのかもしれない。
そう思えば踊る心を胸に抱えて、刀はしっかりと腰に携えて。彼女は軽い足取りで店を後にしたのだった————。
幕間 終
[ 用語 ]
*上覧試合:簡単に言えば偉い人が観に来る試合。例えば将軍様や公家の偉い人とか。