top of page

前日譚【二話】前編

時期:一話の同日夕刻。別所にて。 視点:なし

「お姉さんお待ちどうさま!」

良く通る声を張り、店主は客の女に声を掛ける。

 

「団子と茶でよかったね」

「ええ。……あら、美味しそう」

平たい皿の上に並べられた団子を見て、女は口元をほころばせる。

 

「看板の品だからね!ま、楽しんどくれよ」

それだけ言うと、カラカラと大きな笑い声を響かせ店主は奥に消えて行った。

 

温かいお茶を一口飲み、ほっと息をつく。

渋みと苦みで満たされた口内を中和するようにほんのりと甘い団子をいただき、そして、またお茶を飲む。

甘い砂糖を使った団子は、ちょっとした贅沢品。

この至高の時を楽しみつつも、女はぼんやりと空に視線を向けた。

一面の広い空を赤く染める夕日。

地に沈む直前の大きな日輪はいっそう強く輝いており、まるで、この世界が夜の闇にのまれている間も私のことを忘れるな、とでも言っているようだった。

 

その赤が。輝きが。

警笛かのように、胸をざわつかせた。

 

(……日が沈む前に帰りましょう)

 

女は残りの団子を急いで口にほおばり、席を立つ。

 

「すみません、お勘定」

「はあい!」

 

こうしている間にも、空はどんどんと闇の色に染まっている。

その事実がどうしてか恐ろしく、とても心細い気持ちにさせるのだ。

 

そこではたと、女は悟った。

 

きっと、今夜なのだ。

――“あれ”が来るのが。

 

「……もし、ご主人さん」

「なんだい?」

「今日は少しだけ、早う店を閉めた方がええかもしれへんな」

突然の言葉に店主はぽかんとした顔をするも、女は言葉を続ける。

「それと、……そうやね。しっかりと戸締りして、灯も早いうちに消しといたらええ」

「はあ……」

何が何だかといった様子の店主に対して、女は楽しげに笑う。

 

「ほな、ご馳走さんでした」

 

 

 

 

「……ふふ、これまた楽しなりそうやな」

bottom of page