top of page

​『曙』

時期:3年前の春。 視点:--

——翌朝。

九条はイクルミサマを探す為、件の山——その山道へとやって来ていた。

 

「脇の道をそのまま辿っていけばイクルミサマの祠に着きます。とは言え、村の者が最後にこの道を使ったのは大分昔ですから、今がどういった状況になっているかは……」

「分かりました。ここまでの案内ありがとうございます」

 

柔和な顔をして頭を下げた九条に対して、ここまでの案内を買って出た村の青年は顔色を曇らせた。

 

「本当に行かれるんですか?……確かに村の年長達はここに神様みたいな人が居たって信じているみたいですけど、でも若い衆は皆言ってますよ。あんなの金儲けのインチキ商売だって。俺だって信じちゃいませんし……」

「ご心配痛み入ります。しかし、それでもいいのですよ。何にせよ自分の眼で確かめたいのです」

 

新たな可能性を目の前に楽し気ともいえる様子で笑って見せた九条には、青年も諦めたように肩を落とした。

「……兎も角、お気を付け下さいね!先日も山菜取りに入った者が襲われて帰ってきたんですから。どうにも、最近のこの山は人を拒んでいるような気がしてならなくて」

「……ええ、肝に銘じます」

穏やかな声音でそう返し足を進めた九条の背を、青年は心配そうに見つめていたのだった。

            

不安定な獣道を暫く歩み進めれば、樹齢数百年は経過しているだろう一本の大きな杉が視界に入り徐に足を止めた。

「これは立派な……、神籬(ひもろぎ)か」

 

太い幹に巻き付いてた注連縄には、ほつれたそれに対して綺麗なままの紙片<紙垂>が付けられていて。

正しくそれは、神木——神の依り代となる神体や、神域、または何らかを守護する結界を示している大木なのだと理解する。

 

「まだ生きている……。この地を守っているのか」

 

何らかの手掛かりを掴めないものかと幹に手を添えてみると、人ならざるものとは相反する神聖で清い力を感じる。

この力が単に土地を守護し見守る為のものであれば良いのだが、万一なんらかの危険な存在を隔離するためのものだとすれば——。

気を引き締めるように一呼吸置けば、そっと掌を離し歩みを進めた。

bottom of page