

朧ゝ夜行 -長夜綴り-
『香車』
時期:-- 視点:--
遡ること数刻――。
「尊様、こちらは終わりましたが……」
そう声を掛けた葉室が目にしたのは、一点を見つめ、なにやら思案している様子の九条だった。
「尊様、何か問題でもございましたか」
「……問題であるかどうかが分からぬことが問題、とでも言いましょうか」
そう言いながら九条が指し示した先には、ひとつの台座が置かれていた。
「ここには、ひとつの鏡が置かれていた筈なのです」
「鏡……」
「ええ……、“万物の真の姿を映す”と言われていた品でした。……ここを見てください」
そう言いながら九条は台座の下を指先でなぞった。
「ここ……鏡が置かれていただろう場所にだけ、埃が溜まっていません。とすると、最近まで鏡はここにあったのでしょう」
「……であれば、何者かがその鏡を使用するために持ち出したのでしょうか」
「その可能性は否定できません。何かと使い勝手がいい代物でしょうからね。……けれど、ここの物品を外へ持ち出すことは原則許可されていない筈。それに……」
瞳を細め、手燭を掲げる九条。
「……“つい先ほどまで鏡はここに置かれていた”と言えるでしょう」
「……確かに、綺麗すぎますね」
「ええ」
この埃っぽい場所であれば数刻と足らずに塵が積もるだろうに、鏡が置かれていただろう場所には、全くと言っていいほど塵も埃もかかっていなかったのだ。
「我々がここへ来てからであれば……。この部屋の扉が開いたのは先ほど尊様が開けてくださった時のみでしょう」
「私の認識でも、その通りです」
反射的に周囲へ視線を巡らせるも、手燭のやわい灯では隅々まで確認することは難しい。
「よりによって、あの鏡ですか」
「真の姿を映す鏡………」
自身が至った答えを確かめるようにして九条へ視線を向ける葉室。
そんな葉室の視線に応えるように、九条は緩く頷き返した。
「……ええ。この場において無闇矢鱈に“真の姿”を映されては、……大変困ります」
この場所は“人の手には余る”いわく付きの品々が所狭しと並べられている。
その中には、かりそめの姿で眠りに就いているものも少なくない。
「扉が開いたのが一度だとするならば、鏡がこの部屋の中に在る可能性は高いでしょう。……骨は折れますが、一通り確認してみましょうか」
「承知いたしました」
そう言い、一人は部屋を右側から。もう一人は左側からと別れ、部屋の中を探し始める二人。
――白く霞む部屋の中、蝋燭のぼんやりとした明かりだけがゆらゆらと浮かんでいた。