
朧ゝ夜行 -長夜綴り-
前日譚【三話】後編
時期:三話前編から数日後。 視点:九条
――そして数日後。
「話が転がるように進んだことは有難いですが、これは……お前もそうは思いませんか」
届いた書状を片手に傍らの式神にそう声を掛けるも、言葉を持たぬそれはそこに立っているだけ。
仮にも主人に対してなんと非情な、と。軽くため息を吐いてみるも、それはそこに佇むばかり。
「今ばかりは、お前に言葉を授けてやれない自分が憎いですよ」
*
どうにか共に動けないかと、半ば脅すようにして幕府側に話を持ち掛けてから数日。
ことの着地点をお話しよう。
まず初めに。
幕府と朝廷が手を取るとまではいかなかったが、それでも、幕府の名をもってして全国へ人員の招集をかける許可が下りたのだ。
そして、活動の拠点となる場所を京の都に用意するとも回答頂けた。資金繰りも幕府が持つのだとのこと。
……どうにも旨い話すぎやしないか?と、思っていたところで出たのが次の話。
幕府と天皇の名を借りたその勅令が、結果として相手方が断ることができないような強制力を持つものになってしまったこと。
そして、いずれ出来上がる組織は幕府の管轄下に置かれるということ。
……つまり、この日の本で暮らす不思議な力を持つ者たちを強制的に集め、それを幕府が管理するといった内容だったのだ。
「まあ、そうなりますか」
良い方向に進んだのか、それとも悪い方に進んだのか。
そんな、手放しに喜べないような状況になってしまったことに軽い頭痛を覚える。
「……いや、これも進歩と捉えましょう」
いずれ出会うであろう方々には、なんとか納得をしていただける形で迎えられるように努めるしかない。
幕府の管轄下に置かれるということも、権力者お抱えの組織になれるという意味では悪い話ではない。
――それに。
きっと、形を気にしているだけの時間などないのだろう。
三年三月〈さんねんみつき〉。
これは、“長い年月”を意味する慣用句だ。
けれど、あの者の口ぶりからすると、文字通りの三年三月を指しているのかもしれない。
分からぬのであれば、急ぐほかあるまい。

「して、お前は何が良いと思いますか?」
畳の上に散らばった和紙を指差し、式神に問う。
白い紙に、黒い墨で書かれているのはいずれも二文字の単語。
その意味をこの式神が理解しているのか定かではないが、試しにそう問いかけてみる。
すると、思案しているのか、なにも考えてはいないのか分からぬそれは、徐に一枚の紙を選んだ。
「……なるほど。それがお好きですか?」
その問いには、こくりと、意思があるように軽く頷いた。
「では、それに致しましょう」
式神から受け取った紙を見つめ、そこに記された言葉の意味へ思いを馳せる。
神の依り代、または神が憑依する者。そして、神と交信をする行為や、その役割を務める人を表す……そんな言葉。
特に、私は二文字目の言葉が好きだ。
平坦で安定した状態を表すそれは、心の状態や、世の情勢のことを表すときにも用いるものである。
「この荒れた世に、“和ぎ”<なぎ>をもたらす神など居らぬというのなら、我々がそんな存在になれと。お前はそう言いたいのですね」
穏やかにそう問えば、式神はその通りとでも言うように口元をほころばせたのだった。
《神薙》
【前日譚 終】