
朧ゝ夜行 -長夜綴り-
幕間
時期:2年前の晩秋。 視点:--
秋の暮れ、そして冬の始まり。木枯らしが吹き抜け、冷たい空気には思わず身震いをするかもしれない、そんな頃合いの話だ。
「玖香様、こちらはどこへ置きましょうか。」
「おおきに、常葉。向こうの囲炉裏へくべてもらえるかの。」
ここは朧月邸の台所。
大きな鉄鍋を軽々と抱えた常葉が包丁を鳴らしている玖香へ問いかければ、玖香は瞳を彼女へと向けてそう答えた。どうやら二人は昼餉の支度をしているようで、食欲をそそる香りがあたりに漂っていることだろう。
「承知しました。……あら、ついでに此方もお持ちしましょうか。」
「ん?ああ、ぬしであれば容易じゃったか。」
小さく笑った玖香は「たのむ」と答えて、頷き返した常葉は両手で抱えていた鍋を片手に持ち直せば、もう片手には傍らに置いてあった米びつを抱えたのだった。
「そう言えば、葉室様は暫くご不在にされるそうですね。」
「大事な用があるとかなんとかじゃったのう。要は……、屋敷を探せば何処かに居るじゃろうて。」
「では、これを置いたら探してきますね。九条様は……。」
「尊は仕事が溜まっておるとかで、昼は抜いてくれて構わんと。全く、彼奴らは自由なもんじゃ……。」
刻んだものを鍋に入れ込みながら玖香はやれやれと言った様子で軽く息を吐いたのだが、決して不満そうなそれではない。
そんな彼女を微笑ましく思ったのか、常葉は穏やかな笑顔を浮かべた後——ふと、自分の抱える米櫃と、それから彼女がかき混ぜる鍋を見つめた。
「玖香様、三人分にしては……沢山ご用意されましたね。」
「…………、確かに、そうじゃの。」
そう言われた玖香ははっとしたように手を止めて、眼下の鍋を見つめた。そこへあった”普段通り”の量で満たされていた鍋には、さしもの彼女かて苦笑がこぼれもするだろう————。
*
紙を捲る微かな音が響いているかと思えば、暫くすると墨を擦り筆を走らせる。そんなことを延々と繰り返していた九条だが、広げていた紙面に差し込む夕日へ気が付けば腕を止めた。
「もうこんな時間ですか……おや、」
流石に一息入れようと筆を置けば、届いていた書状の中に紛れてふと目に留まるものがあり、思わず手を伸ばした。
「これは……。」
手に取ったそれは一見すると文のようだったが、他の物と違って紐でくくられていることも無ければ、堅苦しい体裁も保っていない。単に文字を記した紙を折り畳んだだけのようなもので、差出人は……裏表を見ても不明。ただ、宛名には“ろうげつてい”と、拙い文字で記されていたのだった。
「……、」
ここの立地上届くものは全て“御所の中へ届けられるもの”の位置づけになる為、基本的にこのように何処から来たのかも分からないようなものは届かない。そう不思議に思いながらも畳まれたそれを開けば想像通り手紙ではあったのだが、内容へ目を通したとて、この疑問は解消されなかった。
————どうか わたしのかぞくを たすけてください。
そのような書き出しで始まっていた内容は要約すると『家族が迫害されている』といった内容で、酷く心を痛ませるものであった。しかし、現実的な話をすると何処でだって起こり得ることでもあって。できることなら全ての悩める人々の手を取りたいものであるが、この手は二本に限られているのだ。……しかし、とは言え捨て置けるほど非情にもなれず。
それに、何故これが此処へ届いているのか、何故その土地の名士宛てではなく朧月邸宛てなのかなど気にかかる点もある。
「……ふむ。」
夕餉も近い頃合いだ、相談がてら壬生の力を借りようか。そう思った九条は手紙を胸元へ仕舞えば部屋を後にしたのだった。
幕間 終