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幕間

時期:3年前の春。 視点:--

遡ること――……。

 

 

このところ御所では毎日のように忙しなく人が出入りをしているのだが、それもその筈。

くだんの一件――“妖力を持つ人間”……すなわち神薙の招集を大々的に周知したが為に、街では『我こそは』と名乗りを上げる人で溢れかえっていたのであった。

 

とは言え、名乗りを上げたものの殆どは高札に書かれた『給金や待遇』、また『有益な情報を持ち込んだ者へは報奨金を与える』などといった文言に飛びついただけであり、未だ妖力を有していると証明できたものは現れていなかったのである。

 

「次で本日最後の者ですが……これはまた、当てになりませんな」

そう言って眉間の皺を深くし、事前の聴取が記載された紙をやや乱雑に机上へと置いたのはつい先日神薙の任に就いたばかりの葉室だ。

そんな葉室は人差し指と親指で眉間を抑え眉を顰めていた。

「まあ、何はともあれ一度話を聞いてみましょう」

そう返した九条は傍らに佇んで居た式神に視線で合図を送ったが、やはり彼の顔にも疲労の色が滲んでいた。

 

そんな様子の二人を見て“どうしましょう?”と伺うように足を止めた式神に苦笑を浮かべた九条と、ひとつ咳ばらいをした葉室。

「では、次の者――……」

            *

 

時は午の刻。

町の一角にある蕎麦処には男が二人、畳の上に置いた蒸篭を囲み顔を突き合わせていた。

 

「まったく、和妻を見るために時間を割いているのではないと言うのに」

「見事なものではありましたけど」

「……尊様」

「……そう怒らないでくださいよ」

湯呑の上に箸を揃えて置いた九条は先刻の来訪者の一芸を思い出して笑みを浮かべたが、暫くして一転、表情を引き締めた。

そのわずかな変化を感じ取った葉室も九条に倣って箸を置く。

 

「……動き出しがこのようになることは大方予想が付いていました。何よりまずは広く知って頂くことが大切でしょう?そして、私たちも広く知らねばならない。まずは裾野を広げないと」

「それは尤もですが……しかし、玉石混合どころか石しかございません」

そう言った葉室を見て一瞬ぽかんとした顔をした九条。

しかし、数度瞬きをした後、緊張の糸が切れたかのようにふっと息を零した。

 

「それは言い得て妙ですね。確かに、私たちが望む玉には出会えておりませんから」

「……尊様、私は冗談を申し上げているのではなく――」

「あんたはんたち。ここ、お邪魔してもええ?」

眉間に皺を寄せた葉室が言葉を言い終えることはなく、一人の女が現れたのだった。

女は畳台の角に腰かけ九条と葉室を交互に見やり、そして笑みを浮かべた。

 

「ええ、私たちはもう出ますからどうぞ……」

そう言いながら腰を上げた九条を制するかのように女は片手を畳縁へと添え、どこか愉快そうに口をひらく。

「そないに急がれると、うちが追い出したみたいやない……?」

細められた女の丸い大きな瞳が交互に二人を射抜く。

その瞳はまるでこちらの“何か”を見透かしているようで、騒々しい蕎麦屋の一角に少しの沈黙が流れた。

女はそれすらも愉快だと言うように口角を上げ、楽し気に言葉を続ける。

「……ねえ、ちょっとも喋っていかれへんの?そないな寂しいこと言わんでよ」

「ですが、」

続く言葉を遮るようにして、女が口を開いた。

 

「……あんたはんたち、“見つからへん”のやろ?」

まるで、こちらが何かを探しているのだと決めつけているようなその言葉。

そんな脈絡ない言葉を受け、九条と葉室は揃って口を閉ざす。

 

抽象的で的を射ない言葉に訝しむ男二人を面白がっているのか、女は話を続ける。

 

「あれ、違ってはった?……なら、ええんやけど」

そこまで言った女は、店の奥に向かって「お兄さん、お蕎麦ひとつ」と声を張った。

 

「見つからないというのは一体――」

『 “神薙” 』

九条の言葉にわざとらしく被せるようにして答えた女に、葉室はいっそう眉間の皺を深くする。

「やだ、怖いお顔。有名ですやん。すごいお給金だって」

口元を手で隠し上品な笑みをこぼす女にいよいよ耐え切れなくなった葉室は立ち上がり、

「行きましょう尊様。戯言に付き合っている暇はございません」

と、女を牽制するように鋭い視線を送る。

 

「あら、もう行ってまうん?」

「ええ。……お話、ありがとうございました」

穏やかに言葉を返した九条を一瞥し、女は葉室へと視線を向ける。

 

「お兄はん、男前やさかい教えたる」

そう言いもったいぶるようにして一呼吸置いた女が発した言葉は――

​“イクルミサマ”

​その六文字だった。

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